les Fatals Picards

2008年7月15日 (火)

奇跡の1枚

先日来les Fatals Picardsにはまり込んでるわけなんですが、このグループのPamplemousse mécaniqueというCDを聴き始めて4ヶ月。時間がない日を除いて毎日のように聴いてますが飽きまへんな。

FPの持ち味は歌詞(言葉遊び+おちょくり+皮肉な視線+あえて言葉で表現する思い切りの良さ)にあるのだけど、音楽もやたら頭に残って、なんかしらんけどつい口ずさんでしまう。たまたま私の好みに合ってたと言えばそれまでなんだけど、1曲1曲の完成度の高さは奇跡。

一度はコンサート行きたいなー。13まで来るなら、せめて83、できれば06にも来てくだされ。エクスとかマルセイユはやっぱり遠いっす。Franchissez le Var !!



ご参考: Les Fatals Picards

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2008年8月 3日 (日)

手が動いちゃう(Djembé man)

FPネタ。

Djembé manの
« Après une journée de boulot où t'auras encore pas bossé
Tu ne peux pas empêcher tes mains de s'agiter »
ここ(とくに2行目)差し掛かると頭に思い浮かぶ人がいる。

昨年はあちこちの授業にもぐりこんでたわけなんですが、まさにこれに該当する学生がいた(あくまでも2行目ね)。彼を見かけるのは、とある曜日の1時間目の授業だった。選んでそこに座ってたわけじゃないけど、なんとなく、彼の後ろ付近に座るめぐり合わせになっていた。

んで、この彼が休憩時間中ずっと机の縁を叩いてたんだ。先生が教室に来ても叩いていて、先生が喋り始めるとようやく手が止まる。先生が休憩を告げると、その瞬間から叩き始め、友達と喋りながらもずっと叩いてた。まさに「Tu ne peux pas empêcher tes mains de s'agiter」の状態じゃないかと思いながら、叩いているものは楽器じゃないのに器用にいろんな音色を叩き出す手に感心して、後ろから思わずじっと見てしまうことがよくあった。彼の頭の中にはいつも音楽が流れてたんじゃないだろうか。

 

訳すと面白さが半減どころか面白くなくなってしまうのを承知で私なりに訳してみると
「1日の仕事を終えた後では、
といっても君の場合は働く前に1日が終わってるんだろうけど、
君は両手が激しく動いちゃうのを止められないんだね」

t'auras encore pas bosséが前未来形。私はどうにもこういう時制関係が非常に苦手でニュアンスがうまく出ているかどうか分からない。Après une journée de boulotと聞くと、その後ろに続くのは普通はoù t'as beaucoup bossé(たくさん働いた1日の後で)みたいな文章だと思うんだけど、それを見事にかわしておちょくってくれる。Où tu n'as même pas bossé(働きもしないで終わった1日)などと決め付けていないのは、ジャンベマンに対する最低限の礼儀、遠慮、もしくはジャンベマン個人のことをそこまで知らないゆえの推測だと思われる。歌詞の他の部分からもうかがえるんだけど、この歌の歌い手はジャンベマンをよく知っているわけじゃないので、面と向かって強くモノを言えないらしく、本人のいないところで不満を吐き出しているようだ。

1日働いた人たちが仕事の後に気晴らしで音楽を楽しむ。仕事の辛さを忘れるために、いきおい音楽に没頭する。ああ、熱い音楽魂が伝わってくるじゃないか。ジャンベだから、まさに「打ち込む」わけだな。

ところが、歌に出てくるジャンベマンはそれとはちょっと違う。職に就いていないのか、仕事に行ってもサボってばかりなのか、とにかく仕事に「打ち込んで」いるわけではないようだ。他のこと(=ジャンベ)なら手のほうが勝手に動き出すんだけど、仕事のために手を動かすことはしないらしい。オレの両手はキーボードやマウス(というよりはドライバーやドリルなのかもしれないが)なんかじゃなく、ジャンベを求めてるんだ!!!とフラストレーションを感じながら日中過ごしているんだろう(もしくは何もしないで過ごしてるんだろう)。夕方になると、日中の憂さを晴らすためといって叩きまくるわけだ。ご近所に、安らかな気持ちで静かに眠りにつこうとしている人がいてもお構いなしだ!
なんちゅう歌や(爆笑)

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2008年8月 4日 (月)

言われっぱなし(Sécurité de l’emploi)

FPネタ。


ジャンベマンに向かってはモノを言えない人々も、相手が学校の先生となると強気でモノが言えるようだ。Sécurité de l’emploiの歌い手は教師。ご近所の人にこんなことを言われても何も言い返せない。言い返しても無駄だと思うからだろうか。

« Bandes de fainéants, alors vous êtes déjà rentré, vous savez pas c'que c'est d'bosser, avec vos semaines de 20h, vous bossez bien moins qu'un facteur, et dire que je paye pour vos congés, et pis vous êtes même pas bronzé ! »

この歌に歌われる先生の苦労は、面白おかしく誇張してあるものの、実感としては現実に近いものだと思われる。夫と私の友人(リタのパパ)が中学で歴史と地理(Histoire-géo)を教えていて、さまざまな話を漏れ聞く。

先日、子供が小学校に通っている翻訳者さんと話をした。彼女はドイツ人。フランスの小学校の変なところの1つに「少なくとも子供が10歳になるまでは親が送り迎えしなければならないこと」を挙げていた。もちろん、危ない道を通って遠くの学校に通う子、電車やバスを乗り継いで通う子にはある程度の年齢になるまで付き添いが必要なのは当然だとしても、彼女の家は小学校の真ん前。玄関を出て、通りを横切るとそこが校門。それでも、必ず親が送り迎えしないと学校から注意を受けるし、他の親からもいろいろ言われるんだそうだ。

子供が誘拐される、親が離婚していて子供に会えないほうの親が学校に子供を連れに来る、交通事故に遭う。そういう出来事が起こる確率はたしかにゼロでないけれど、親がそばについていても起こる事故は起こるんじゃないか。それに、離婚していなければ子供をさらいに来る親なんてのは存在しない(まあ、あるとしたら子供を狙う変質者による誘拐か)。自宅勤務の翻訳者なら時間をやりくりして送り迎えできないこともないが(納期がきつい仕事を抱えていたら「今日は無理」と言いたい日もあるか)、フルタイムで働く親は、現実的な問題として子供の送り迎えをできないだろう。実際、皆さん、どうやって送り迎えしているんだろう?

そんなことより、児童・生徒は登下校中より学校内で危険な目に遭うほうが圧倒的に多そうだ。盗み、恐喝、暴力など、児童・生徒間のトラブルといってもかなりハードだ。所持品を盗まれる(それも正面から堂々と「よこせ」と言って取り上げる)話なんか、珍しくもなんともない。中学生になると体格のいい子もいて、警備員さんに暴力をふるって怪我をさせることもあるらしい。だからこそ、必ず送り迎えに行って、危険な児童・生徒の前に「怖いお母さん」として姿を見せて、「うちの子には手を出すな」と無言の圧力をかけるんだと言う人もいたなあ。

危険な児童・生徒は怖いものなしだから、教師に暴力をふるうことも当然ある。が、教師はそれに反撃しちゃいけない。それから、すぐ口出ししてくる親もストレスだ(今風に言うとモンスター・ペアレンツ。日本だけの現象じゃない)。でも、学校は自分を守ってくれはしない。校長が矢面に立ってくれることなんか、絶対に期待しちゃいけない。それらのことに気を遣いながら、質の高い授業を行なう。落第者なんか出してはいけない。

まあ、問題のある教師がいることも否定はしないけれど、教職とは、ストレスの多い仕事なのだ。真面目な教師ほど神経をすり減らしながら働いている。ようやく帰宅したら帰宅したで、ご近所の方に嫌味を言われちゃうわけだ。こっちは公務員。向こうは納税者として(どれほど納税しているのかは怪しいところだけど)公務員を食わせてやっている意識があるから、どうしても上から見下ろした発言になる。



引用した歌詞を、自分なりに訳してみる。

「(教師ってのは)怠け者揃いなんだね、へえ、もう帰って来たんか。あんたは働くとはどういうことなのかを分かってないよ。あんたたちは週20時間勤務。郵便配達人のほうがずっと働いてるよ。言わせてもらうけどね、私はあんたたちの有給休暇に金出してるんだよ。それなのに、あんたは日に焼けてさえいないじゃないか!」

週20時間というのは、法定労働時間が週39時間だった頃の名残で、いわゆるパートタイム勤務と言えばいいのかな。フルタイムの半分で20時間。象徴的な数字と言えるかな。今は週35時間になっているけど、パートタイムの20時間はそのまま維持されているようだ。つまり、「あんたたち、民間みたいにフルタイムで働いてないんやろ」と一方的に決め付けているわけだ。発言者は郵便配達人と比較している。郵便配達は午前中だけのようだし、午前中4時間×週5日で20時間くらいなのか。歌い手は家に仕事を持ち帰っていて、それに超過勤務手当てはつかないのだけど、ご近所の方はそんな事情も知らずに言いたいことを言う。

教師に限らず、今、フルタイムの職に就ける人がどれほどいるんだろう。さっき、教師の求人を検索してみたら、週4時間から35時間まで幅があったけれど、35時間での募集はごく少数。4時間、10時間の勤務では食べていけるわけがない。産休要員、病欠要員として数ヶ月間だけ募集されているものも目につく。人件費を削減したいのは教育現場も同じで、フルタイムで定年まで働くのはなかなか難しそうだ。

日焼けしていないことにまで文句を言われる筋合いはないと思うんだけど、納税者様はケチつけずにはおれないらしい。せっかく有給があるんだから、どっか行けよ。休暇を取らないんなら、有給要らんやん。てことか? でも、納税者様が言ったようにこの教師が週20時間しか働いていないなら、休暇に出かける資金はあるのだろうか。それとも、公務員は週20時間のパートでも(我々民間とは比較にならない)高給だという思い込みなのか。

そんな嫌味や言いがかりをやり過ごして家に入り、持ち帰ってきたものの添削を始める。家の外の話し声が聞こえる。

« Et j'compte même pas la sécurité d'l'emploi »

「私は職の安定なんか、あてにしちゃいない」

これは、家に引っ込んでしまった教師に聞こえるように、わざと大声で言っているんだろう。言い換えれば「あんたたちはクビの心配がないけど、こっちはいつクビになるか分からないんだよ」ということだな。教師のほうも、同じことを心の中で思っているだろう。こっちもいつまで働けるか分からないんだよ。契約を切られる前に、こっちがぷつんと切れてしまうかもしれない。

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2008年8月12日 (火)

父の思い出(Mon père était tellement de gauche)

FPネタ。

ジャンベマンが大きな顔をして夜中にジャンベを叩きまくっても誰もとがめる人がいなかったり、教育現場がおかしなことになったりしているのは、大きな声では言いたくないが、左な方々に責任がかなりあると思う。言いたいことを自由に大声で言える時代が過去にあったとは言わないが、今、一部の人がある種の感情を堂々と表明できないのは、社会党と社会党を支持し続けたみんなのせいではないだろうか。フランスに限った話ではないけれど、本当に国のことを考えているのだろうかと疑いたくなる人が政治家をしている。なぜなんだろう? そういえば、日常生活でジャンベ騒音や子供が通う学校のことなどでストレスを感じていながら、なおかつ社会党に投票する人というのを見たことがない(例外として、無職者や国から援助をもらって生活している人は、社会党でなければ援助が打ち切られると思って、かたくなに社会党に票を投じ続けているようだ。そういう人なら何人か見たことがある)。

Mon père était tellement de gaucheの歌い手の父親は筋金入りの「左巻き」だったようだ。左万歳。なんでも左。子供を左利きに育ててしまうし、交通ルールで右が優先でも絶対に譲らない。左ならなんでもよかったらしく、どうやら社会党と共産党の区別も曖昧だ。

歌い手は、父親のせいで辛い子供時代を過ごしたようだ。子供時代の思い出を延々と歌っているが、楽しい話に聞こえない。夏の明るい日差しの下で遊んだ記憶はないが、寒い冬にソ連(当時)を旅行した時のことは強烈に印象に残っている。子供時代の楽しくない思い出と父親の人となりがFPお得意のおちょくった視線で綴られる。それを聴いて笑った人も、最後の最後で寂しい気持ちになる。

Mon père était tellement de gauche, qu’en 81 il croyait que ça changerait
Je crois même qu’il en rêvait en 2002 en allant voter
Et même si tout ce que je raconte n’est pas tout à fait vrai
Le socialisme comme paradis nous on y croyait
Mon père était tellement de gauche, que lorsqu’il est parti
La gauche est partie avec lui.

僕の父はめちゃめちゃ左な人だった。81年、彼は何かが変わると信じていた。
2002年も投票に行きながら、彼はまだ夢見ていたんだろうと僕は思う。
僕の話が全部まったくの事実ではないとしても
僕らはみんな、天国のような社会主義というものを信じていたんだ。
僕の父はめちゃめちゃ左な人だった。彼がいなくなった時、
左派も行ってしまった。彼とともに。

Mon père était tellement de gaucheが半過去形。これは、現在とは切り離された過去の話をする時に使う。つまり、この歌が始まった時から、聴き手には歌い手の父親がすでにこの世にいないことが理解できる。ラジオニュースを途中から聞き始めた時に、有名人の話が現在形や複合過去形ではなく半過去形で語られていると訃報だなと分かるんだけど、それと同じ半過去形の使い方。

(もう1つの可能性としては、昔は左だったが現在は違う、という聴き方も歌の途中まではできるかもしれない。ただ、父親が宗旨替えするほどの事件が起きる予感もなければ、現在の様子を伝える風でもない。昔話に終始しているし、悲しい曲調だから、こちらの可能性はかなり低い。)

81年、ミッテランが戦後初の社会党出身大統領に選出された年。何かが変わると期待したのは彼の父親だけじゃない。ミッテランは連続2期14年間大統領だった。何かが変わる期待の1つに、たとえば欧州統合があった。ミッテランの任期中にEUが生まれ、拡大していくんだけど、EUの目指すものがフランス人の望む方向と合致しているかというとはなはだ疑問。早い時期に夢から覚めた人は、ミッテランに騙されたと言いたかったんじゃないだろうか。

2002年、ルペンショックの年。ジョスパン退場とともに社会党は力を失った。失意のあまり、父親は生きていく気力を失ってしまったのだろうか。2002年の出来事を思うとノスタルジーに襲われる。この父親は極端なレアケースではなかった。かつては求心力を持っていた左派政党、社会党が力を持ちえた時代のことを懐かしむ気持ちが沸いてくる。それは、あれだけ嫌だった子供時代を懐かしむ気持ちに通じる。子供ながら苦笑してしまうほど左巻きすぎた父親だけど、それでもやはり、今でもやはり、子供として、父に対する親愛の気持ちは変わらない。そんな父とともに左万歳の時代を生きてきた自分。かつて社会党を支持し、現在はそうでなくなっている人たちは、この歌を聴くと、あれこれ思い出してなんともいえない複雑な気分になるんじゃないだろうか。

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2009年1月17日 (土)

FP:発禁

久々にFPネタ。

 

年が明けてから、宿題と試験が気がかりで情報収集を怠っていたのだけど、なんとFPがジョニーと揉めてたらしい。Googleでニュース検索してみると、ヒット件数がえらいことに。

 

FPが今度のアルバム用にジョニーのことをネタにした歌を作った・・・のはいいんだけど、タイトルが「ジョニーが死んだ日」。内容も亡くなったジョニーを偲ぶもの。

これを知ったジョニー本人が気分を害さないわけがない。しかも、ジョニーとFPは所属のレコード会社(今でもこう言っていいのか?)が同じ。レコード会社からFPに、問題の曲をアルバムに入れないようにと注文がついたようだ。

#ジョニー・アリデーね。ちなみに、アニメ版エクセル・サーガの「あの人」がジョニーそっくりで、テーマ曲もジョニーのLe pénitencierだ。しかも、あの扱い。あかん、笑いがこみ上げてくる。ジョニーからクレームはなかったんだろうか?

ディスクに収録できないなら、とFPは公式サイトでビデオクリップを公開していたらしいのだけど、現在は削除されている。これも、レコード会社との契約に基づいてのことらしい。

その辺の事情は
http://www.fatalspicards.com (公式サイト)
http://www.myspace.com/fatalspicards (準公式? 本人たちです)
に書かれているんだけど、これだけ言葉を使って説明しなきゃならなかったのが残念。

FPは自分たちの内側に、メジャー批判の気持ちと、でも音楽で食べていくにはメジャーでないといけないという、ベクトルが真っ向から対立する2つの感情を持っているのではないかと思う。そして、そういう自分たちの姿をこそ面白がっているように思う。

たとえば、レコード会社やアーティストの求めるコピーコントロールを批判、までは行かないとしても、そこまでしなくてもいいんじゃないか、くらいは思っていそうだ。公式サイトにDailymotionの動画を載せているくらいだからなあ。

それから、メジャーなアーティストをネタにした曲は過去にもある。Bernard Lavilliersは分かりやすすぎる例だけど、たとえばSauvons VivendiはチャリティCDの胡散臭さを歌った名曲(いろんな声色が使い分けられているのは、有名な歌手のモノマネだと思う。私は歌手をあまり知らないので、一人一人を識別することはできないけど)。

#FPはmusiciens engagésではない。為念。

こういう風に見てくると、FPが(Bernard Lavilliersや)ジョニーをネタにしたくなるのは分かるような気がする。私の勝手な誤解かもしれないけどね。

問題の曲はアルバムに収録されないんだけど、今しばらくはネットで聴ける。いつまでリンク先が生きているかの保証はないけど。
http://vibration.fr/article/16/1105/ecoutez-le-jour-de-la-mort-de-x-avant-sa-disparition-du-web

#歌詞中にdes chevalsとかles journalsと出てくるのはジョニーだから。結構有名な話みたいですな。文法的には間違いなので真似しないように。

というわけで、この曲を聴くにはライブに行くしかないな。まさか上演まで禁止されたり・・・するのか?

 

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2009年5月 5日 (火)

FP関連リンク

完全に自分用メモ。

公式サイト

http://www.fatalspicards.com/

MySpace

http://www.myspace.com/fatalspicards

Facebook

http://www.facebook.com/pages/Les-Fatals-Picards/52852281402

4人とも(Ivanも)MySpaceやFacebookにアカウントがある。

Laurentのブログ

http://laurentdesfatals.canalblog.com/
T’as bien fait Polo d’avoir dit à Billy de créer un blog !!

YvesのYoutube

http://www.youtube.com/user/hyveuss
刺青の人による懇切丁寧なベース講座。


番外編:
la Sex Bomb

http://lasexbomb.actifforum.com/
犬!!!

 

 

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2009年5月 8日 (金)

ジョニーネタ再び

ずいぶん前になるけど、ジョニーが今年のツアーでニースにも来るとニースの無料新聞(Direct Nice plus)に書いてあった。その記事で笑ってしまったのだけど、ツアー名は「ツアー66/Tour 66」だとか。そういえば、ジョニーの歌に「ルート66」というのがあって、FPのジョニー歌の歌詞にも出てくる。「ツアー66」と聞いて、なんとなくこのタイトルを思い出していた。

それより、失礼ながらもっとぐっと来た(笑ってしまった)のが、今年のツアーが彼にとって最後のツアーとなること(引退するわけじゃない)。ジョニー本人にとっては苦渋の決断だったであろうことは、人間の自然な感情として理解できる。プロのキャリア49年。御年66歳。あ、だから「ツアー66」なのか。


ところで、今フランスの国会では、著作権法その他で保護されている作品(音楽、ビデオクリップ、映画など)のアップ/ダウンロードを取り締まるための法律が審議されている。管轄機関の名を取って通称HADOPI法(アドピと発音)と呼ばれている。アップロードした人だけでなく、ダウンロードした人を罰することができるようにするのが目的。(先月国会で否決され、現在は両院委員会で審議中)

国会での審議の様子は国会チャンネルやストリーミングで流れていて、連日夜中の11時、12時頃まで質疑応答が行なわれていた。

内閣の出した法案に対して、何千件もの細かい修正が施されたのだけど(それでも否決されたんだけど)、その中に通称「ジョニー修正(amendement « Johnny »)」と呼ばれるものがあった。別にジョニー本人が何かを求めているわけではなく、むしろジョニーのような人には不利になる修正案。法律違反があった時(違法アップ/ダウンロードがあった時)の損害賠償を求める権利者の範囲を定める修正案で、権利者(著作権を有する人やその権利継承者)が全員租税回避地(タックス・ヘイブン)に居住している場合、その人(たち)は損害賠償を求めることができない、と定めるよう修正が施された。つまり、自分の権利を主張する前にせめて所得税くらい払いなさい、というものだ。

OECDの租税回避地リスト
には、モナコやスイスも含まれている。サルコジ(ジョニーの友人)が大統領に選出された時にジョニーのフランス移住に関してサルコジ自らがジョニーとなにやら話し合ったとかいう報道があったことを思い出し、ついでにFPの歌を思い出す。

On se sentira tous un petit belge
(父親はベルギー系だけど、本人はベルギー国籍取得を拒否され現在は仏国籍)
On se sentira tous un petit peu triste
(悲しい気持ちはほんのちょっぴりらしい)
On se sentira tous un petit peu suisse
(なぜかスイスの気分なのはスイス在住だから)
Oh oui ! le jour de la mort de Johnny
 (こらこら、嬉しそうに歌いなさんな)


顔がにやけてしまうのはなんでや?


#ジョニーがフランスに住んでいないのは、言うまでもなく税金の問題があるから。
#そんな人が7月14日のいわゆる建国記念日コンサートを開いたり、サッカーナショナルチームの応援歌を歌うことに疑問を感じるなと言うほうが無理なわけで。

 

ちなみに前回のジョニーネタはこちら。
FP:発禁

 

 

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